素晴らしい体験@飛雲閣
今年3月18日に亡くなった義父の納骨に行ってまいりました。
京都西本願寺です。

大きな銀杏の木。水分をたくさん含むので火事の際の類焼を防ぐ意味で植えられているとの説明。
その姿には長い歴史が感じられます。

季節のハス、咲いている姿は見られませんでした。

龍虎殿で法要。素晴らしい細工です、





法要が済んで、大谷本廟での納骨の前に食事。
これが素晴らしかった。
国宝の飛雲閣の中に入れていただきました。納骨特典です!
飛雲閣(ウィキペディアより)
境内南東隅の滴翠園(てきすいえん)内、滄浪池(そうろうち)と名付けられた池に面して建つ、3階建の庭間建築である。江戸時代の絵図には「御亭(チン)」として現れる。3階建であるが、各階は平面の大きさを変え、屋根などの意匠も左右相称を避け、変化に富んだ外観をもつ。寺に遺る江戸初期の文書『紫雲殿由縁記』(寛永15年成立、延亨4年増修)には豊臣秀吉の遺構だと記されていることから聚楽第の遺構との説も広く流布したが確証はなく、様式的にもやや新しく建築史からは否定的意見が多い。一方その1階平面が大書院対面所に共通するから寛永期に本願寺により建てられたのではないかとする説も唱えられたが(平井聖)、飛雲閣1階は一列型書院造の形を示し、一方対面所は3列型で先に触れたように真宗の本堂建築のスタイルを踏襲していると考えられるから両者が似るとするのは無理があり、さらに建築時期、建築理由など十分な説得性にも乏しく定説とは言えない。近年付属建物である黄鶴台から「寛永五年三月から寛永六年八月迄‥」という墨書が発見され(鶴岡典慶報告)、これが移築の時期を示すのではないかとの推測から、秀吉の京都新城、のちの高台院屋敷の「アコセガ池」畔から、後水尾上皇の仙洞御所造営(寛永4年着手)に先立ち解体撤去され、本願寺に移築された建物との説も登場した[8]。1階は池から船で直接建物内に入る形式の船入の間、上段・上々段を設けた主室の招賢殿、下段の八景の間、茶室憶昔席(いくじゃくせき)などがある。本来障壁画で飾らるべき上段床の間背面の壁が大障子となっている点が特異である。憶昔席の部分のみは建築年代が明確で、寛政7年(1795年)、茶人藪内竹蔭らによって増築されたものである。2階歌仙の間は、西側8畳の上段、東側16畳半の下段からなり、上段背面の壁には1階招賢殿と同様障壁画はなく窓が開けられている。下段三方の板戸の内外には御簾の下に座す三十六歌仙の像(現状は三十四歌仙)を華やかに描き、天井は金具に飾られた格天井、長押も格調高く打ちまわしており、総じて御殿風の趣きがある。3階は摘星楼と名付けた8畳で、長押は打たず天井も低い草庵風の意匠となっている(ただし天井は鏡天井)。各階の主開口部はいずれも北に開けられており、特に1階の書院が南側に全く開口部をもたないのは書院造としては他に例がなく、また我が国の住宅建築の原則からも外れている。このことが元々南向きであったのではないかとの推測を生み、先に述べた「移築説」の根拠の一つとなっている。なお、元禄時代の状況を示すと考えられる1階平面図(本善寺所蔵)により、現況では北縁側(入り側)に設けられている腰障子はなかったと判り、当初の北立面は今より凹凸に富んでいたと考えられている。飛雲閣は原則非公開であるが、外観のみ期日を限って特別公開される。また毎年5月21日の宗祖降誕会の際には室内に茶席(有料)が設けられる

上段の間には太閤秀吉が座ります。一階の上段の上に部屋を設けるのを気位の高い秀吉は、それをよしとせず、二階を設けず、二階の上段の間の上にも三階を設けず、とうことで、左右非対称の形となったと説明を受けました。
三階からの京の街並みを秀吉は愛でたとおっしゃっていました。
本来障壁画で飾らるべき上段床の間背面の壁が大障子となっているのは、敵が攻め込んで来た時、大障子を破って脱出するためと説明がありました。


精進料理


池から船で直接建物内に入る形式の船入の間
とても珍しいですね。

狩野派の襖絵



三十六歌仙の絵図


国宝のお茶室

義父のおかげで、国宝の中で格別の精進料理をいただける恩恵を賜りました。
非対称の造形、狩野派による襖絵、船で出入りした入船の間、三十六歌仙の絵図、隣接する茶室、蒸し風呂等、貴重な建築物、美術品を見せていただき、浄土真宗西本願寺門徒の義父に感謝です~♪
シャトルバスで大谷本廟へ移動し、納骨を済ませました。
お義父さん、極楽浄土で楽しく過ごしてください。
京都西本願寺です。

大きな銀杏の木。水分をたくさん含むので火事の際の類焼を防ぐ意味で植えられているとの説明。
その姿には長い歴史が感じられます。

季節のハス、咲いている姿は見られませんでした。

龍虎殿で法要。素晴らしい細工です、





法要が済んで、大谷本廟での納骨の前に食事。
これが素晴らしかった。
国宝の飛雲閣の中に入れていただきました。納骨特典です!
飛雲閣(ウィキペディアより)
境内南東隅の滴翠園(てきすいえん)内、滄浪池(そうろうち)と名付けられた池に面して建つ、3階建の庭間建築である。江戸時代の絵図には「御亭(チン)」として現れる。3階建であるが、各階は平面の大きさを変え、屋根などの意匠も左右相称を避け、変化に富んだ外観をもつ。寺に遺る江戸初期の文書『紫雲殿由縁記』(寛永15年成立、延亨4年増修)には豊臣秀吉の遺構だと記されていることから聚楽第の遺構との説も広く流布したが確証はなく、様式的にもやや新しく建築史からは否定的意見が多い。一方その1階平面が大書院対面所に共通するから寛永期に本願寺により建てられたのではないかとする説も唱えられたが(平井聖)、飛雲閣1階は一列型書院造の形を示し、一方対面所は3列型で先に触れたように真宗の本堂建築のスタイルを踏襲していると考えられるから両者が似るとするのは無理があり、さらに建築時期、建築理由など十分な説得性にも乏しく定説とは言えない。近年付属建物である黄鶴台から「寛永五年三月から寛永六年八月迄‥」という墨書が発見され(鶴岡典慶報告)、これが移築の時期を示すのではないかとの推測から、秀吉の京都新城、のちの高台院屋敷の「アコセガ池」畔から、後水尾上皇の仙洞御所造営(寛永4年着手)に先立ち解体撤去され、本願寺に移築された建物との説も登場した[8]。1階は池から船で直接建物内に入る形式の船入の間、上段・上々段を設けた主室の招賢殿、下段の八景の間、茶室憶昔席(いくじゃくせき)などがある。本来障壁画で飾らるべき上段床の間背面の壁が大障子となっている点が特異である。憶昔席の部分のみは建築年代が明確で、寛政7年(1795年)、茶人藪内竹蔭らによって増築されたものである。2階歌仙の間は、西側8畳の上段、東側16畳半の下段からなり、上段背面の壁には1階招賢殿と同様障壁画はなく窓が開けられている。下段三方の板戸の内外には御簾の下に座す三十六歌仙の像(現状は三十四歌仙)を華やかに描き、天井は金具に飾られた格天井、長押も格調高く打ちまわしており、総じて御殿風の趣きがある。3階は摘星楼と名付けた8畳で、長押は打たず天井も低い草庵風の意匠となっている(ただし天井は鏡天井)。各階の主開口部はいずれも北に開けられており、特に1階の書院が南側に全く開口部をもたないのは書院造としては他に例がなく、また我が国の住宅建築の原則からも外れている。このことが元々南向きであったのではないかとの推測を生み、先に述べた「移築説」の根拠の一つとなっている。なお、元禄時代の状況を示すと考えられる1階平面図(本善寺所蔵)により、現況では北縁側(入り側)に設けられている腰障子はなかったと判り、当初の北立面は今より凹凸に富んでいたと考えられている。飛雲閣は原則非公開であるが、外観のみ期日を限って特別公開される。また毎年5月21日の宗祖降誕会の際には室内に茶席(有料)が設けられる

上段の間には太閤秀吉が座ります。一階の上段の上に部屋を設けるのを気位の高い秀吉は、それをよしとせず、二階を設けず、二階の上段の間の上にも三階を設けず、とうことで、左右非対称の形となったと説明を受けました。
三階からの京の街並みを秀吉は愛でたとおっしゃっていました。
本来障壁画で飾らるべき上段床の間背面の壁が大障子となっているのは、敵が攻め込んで来た時、大障子を破って脱出するためと説明がありました。



精進料理


池から船で直接建物内に入る形式の船入の間
とても珍しいですね。

狩野派の襖絵



三十六歌仙の絵図


国宝のお茶室

義父のおかげで、国宝の中で格別の精進料理をいただける恩恵を賜りました。
非対称の造形、狩野派による襖絵、船で出入りした入船の間、三十六歌仙の絵図、隣接する茶室、蒸し風呂等、貴重な建築物、美術品を見せていただき、浄土真宗西本願寺門徒の義父に感謝です~♪
シャトルバスで大谷本廟へ移動し、納骨を済ませました。
お義父さん、極楽浄土で楽しく過ごしてください。
by nanayumi723
| 2014-06-22 22:05
| 家族
|
Comments(0)

他人に厳しく自分に甘い浪花のおばはん由とダーリンたかっちゃんと2008年8月にお星様になった愛犬、お気楽マイペースゴールデンななと2012年8月ななの命日にうちの子になったなつの日記です。
by nanayumi723
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